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三代目社長が語る“MAKE THE BEST”の真意──常磐精工の価値観と求める人材像

オープンファクトリー , 中小製造業の働き方 , 工場DX , 看板プロダクト , 若手活躍

2026.03.05

下請けから「看板メーカー」へ――変化を恐れないDNA

大阪府堺市に本社を構える常磐精工株式会社は、1967年創業のものづくり企業だ。ベアリング部品の切削加工から始まり、アウトドア用品、そして現在の主力である「A型看板」やディスプレイ什器へと、時代とともに事業の柱を変えてきた。

転機となったのは、二代目が下請けからの脱却を決断し、「自社商品を持つメーカー」へ舵を切ったことだ。工事や施工を伴わない、自立型の看板に特化し、なかでも店舗前に並ぶA型看板は、生産台数で国内最多を誇るまでになった。

こうした変化の連続は、「何を作るか」よりも「どう価値を生み出すか」を問い続けてきた歴史の裏返しでもある。

“MAKE THE BEST”に込めた三代目の覚悟

2024年、創業者の孫である喜井翔太郎氏が三代目社長に就任した。彼が掲げるスローガンが、

“MAKE THE BEST ~常に「今」、最高だと誇れるものを~”

という言葉だ。

常磐精工は、扱うプロダクトを変えながらも、一貫して「その時点での最高」を追求してきた。技術が進化すれば設計を見直し、生産設備を入れ替える。20年前にできなかったことが今はできるようになり、さらに20年後には別の“最高”が更新されているはずだ――その前提に立ち、「現状維持こそ最大のリスク」という意識を組織全体で共有している。

工場改革がもたらした「若い組織」とオープンな現場

三代目が家業に戻ったきっかけは、生産管理システムの導入だった。紙とExcelに依存していた工程管理をデジタル化し、新しい設備を次々と導入した結果、従来のやり方に馴染んでいた古参社員が相次いで退職する事態も起きた。

短期的には大きな痛みを伴ったが、「職人の経験に頼る生産」から「仕組みで品質を担保する工場」へと生まれ変わる契機となった。新設備により、極端に言えば「今日入った人でも一定レベルの作業ができる」環境が整い、組織は一気に若返った。現在の平均年齢はおよそ30歳。製造業としては珍しいほどフラットで風通しの良い現場になっている。

若手からアイデアを募る「商品開発の民主化」

常磐精工のものづくりは、既製品の大量生産にとどまらない。1台からのオーダーメイドや、独自開発のアルミフレームを使った新商品企画、スタートアップ向けの試作支援など、柔軟な開発案件が増えている。

これまで商品開発は社長やごく一部のメンバーが担っていたが、今後は従業員全体からアイデアを募る仕組みづくりを進めている。自分の発想が実際の製品となり、街中で使われる――そんな体験を通じて、ものづくりの楽しさと責任を実感してほしいと考えているからだ。

大企業のように給与や福利厚生だけで勝負するのではなく、「自分のアイデアを形にできる環境」をやりがいとして提供する。これが三代目の掲げる、若い組織の活かし方である。

地域にひらかれた工場で、「存在価値」を問い続ける

喜井氏が強調するのは、「自分たちだけが良ければいい会社にはならない」という視点だ。取引先や仕入れ先、エンドユーザーにとって価値があることはもちろん、地域社会にとっても意味のある組織でありたいと語る。

その象徴が、ショールームと工場を地域に開いたオープンファクトリーの取り組みである。2,000アイテム以上のラインナップから厳選した看板製品の展示、ストレッチャーに変形する救護用看板「サポートサイン」の試乗体験、技術資料室での歴史紹介、さらに近隣の子どもたちを招いたものづくりワークショップなどを通じて、「製造業の現場」を身近な存在として伝えている。

将来、彼らが理工系の進路や製造業でのキャリアを選ぶきっかけになるかもしれない。そんな長い時間軸で、自社の存在価値を地域とともに育てようとしている。

この環境で伸びる人のマインドセット

常磐精工で活躍しているのは、派手な経歴よりも、次のような価値観を持つ人だ。

  • 決まった正解より、「どうすればもっと良くなるか」を考え続けられる人
  • 現場で手を動かしながら、仕組みやルールそのものを良くしていくことに楽しさを感じる人
  • 自分のアイデアが形になり、社会で使われるプロセスにやりがいを見いだせる人
  • 会社・取引先・ユーザー・地域など、多様なステークホルダーへの貢献を意識できる人

「常に今、最高だと誇れるものを」というスローガンは、製品だけでなく、自分自身の仕事にも向けられた問いでもある。その問いを前向きに楽しめる人にとって、常磐精工は大きく成長できるフィールドになるだろう。